2025/09/13 17:41

2025.9.13(更新:2025.9.16)
向実庵店主 舩生好幸

〇はじめに:昨今の「ブーム」には冷静に対応して
昨今、「カセットテープが再びブーム。」「カセットテープは今や若い世代にも定着しつつある。」
などと喧伝されている中には通常、何らかのビジネスにつなげよう、商品の売上増につなげよう、という売り手側の意図が隠れています。

そのため、売り手側に都合よいことが華々しく書かれることはあっても、都合の悪いことは書かれなかったり、ぼやかされていたりすることも結構多いと思います。 (私が書くのも妙かもしれませんが。)

カセットテープ自体、現役の製品はほぼノーマルポジションのみですが、音楽用途に使える性能は維持されていて相応に新製品も登場しています。
また、音の鮮度が高く高音質が期待できるミュージックテープも、継続的に新タイトルがリリースされ、なかなかに元気がよさそうです。

一方で録音・再生機器の方は
原音に忠実な録音・再生ができる「Hi-Fiオーディオ」クラスの製品(主にカセットデッキ)は生産が途絶えており、いわゆる「ゼネラルオーディオ」に属する安価で取り扱いが容易なラジカセやポータブル型プレーヤーなどが、カセットテープオーディオの話題の中心となっています。

ここで厳しいことを申せば、ゼネラルオーディオに属するラジカセやカセットプレーヤーなどの性能では、心地よく聴ける演奏形態や音楽ジャンルには制限がある、と心得ておく方が合理的だと思います。
「歌物」中心のポピュラー音楽は楽しめても、ジャズやクラシック系の器楽を中心とした音楽になると音質に問題が生じる製品が、中には存在します。

そのため、ゼネラルオーディオ系のカセットテープ機器が不得意な、器楽を中心とした音楽がお好みの方が、
・流行りだというので買ってみたけど、この機器では音が悪くて満足できない。
・やっぱりカセットテープなんて音が悪い。これならデジタルの方がいい。
と、カセットテープとカセットテープオーディオ機器に近づいて下さったのに、ネガティブな印象を持って離れてしまう場合もあるのではないか、と危惧しています。

このブログをご覧の皆様は、どうか安直なキャッチコピーなどには踊らされず、
求めようとする製品や機器が、本当に満足できるものか、情報を集め、そしてお店などで現物に触れて試聴もして、
十分納得できたうえで購入されることをお勧めいたします。

〇回転ムラ:カセットテープオーディオの重要な制約事項
ここから、カセットテープオーディオの重要な制約事項であり、性能指標の一つでもある回転ムラを中心にお話しします。

デジタルオーディオは理論上回転ムラが発生せず、私達は回転ムラから解放されたはずでしたが、アナログオーディオのリバイバルと共に再度付き合うことになってしまいました。

回転ムラ(ワウ・フラッターなどとも言います)は0%が理想ですが、カセットテープオーディオの録音・再生の際には大なり小なり必ず生じています。

また、ことを複雑にしているのは、楽器などの音色や音の長さなどによって、回転ムラの影響度合いは異なる、という点です。
以下、この点をもう少し具体的にお話しします。

*回転ムラの影響を受けにくい音
人間の歌声、ロックに欠かせないディストーションがかかったエレキギターの音、ドラムスや打楽器のリズム、コンピュータにつながる電子楽器が生成するリズム的あるいは細かい動きのある音、そしてエレキベースなど低音楽器の音は、一般に回転ムラに強く、影響を受けにくいです。

ブランクカセットテープに録音したり市販のミュージックテープで楽しむ音楽といえば、多くはポピュラー音楽、特にヴォーカル中心の楽曲であろうと思います。
それら「歌物」中心のロックやポップス系の音楽は、多くは回転ムラに強い音を主体に構成されますので、多少回転ムラの多い機器で再生しても、心地よく、或いはあまり問題なく聴くことができる場合が多いです。
(上記画像:ソニーCFD-RS501。アンプ部などがよく作りこまれている2010年代のCDラジカセ。器楽もなかなかに健闘してくれますが、歌物のポピュラー音楽はさらに得意です。)

*回転ムラの影響を受けやすい音
一方、以下のような楽器の音色は、特に長く伸びる音を中心に、回転ムラに弱く、影響を受けやすいです。
・ハーモニカ、クラリネット、オーボエ、ソプラノやアルトなどのサックス、トランペット、等の吹奏楽器・管楽器
・ピアノ、ヴァイオリンなど弓で弾く弦楽器、ナイロン弦やガット弦を使うアコースティックギター、等

これらの楽器が主役であったり目立つ役割を担う器楽曲=ジャズやクラシック系の音楽や、インストゥルメンタル系の音楽を回転ムラの多い機器で再生すると、
不必要に波打ったり、ささくれたような不快な音に変化してしまい、とても聴いていられない、というケースが生じます。

*演奏形態や音楽ジャンルによりオーディオ機器に求められる性能は変化する
カセットプレーヤーやラジカセで、ヴォーカル中心のロックやポップスは心地よく聴けるのに、続いてジャズやインスト系の音楽をかけると回転ムラが目立つ、音がささくれ音色が濁り、まるで故障したかのようにひどい再生音になる、という場面は割と普通にあります。

これが、安価で手軽なゼネラルオーディオに属する機器は、性能に限度があるため、心地よく聴ける音楽が限られる、という典型的なケースです。

*ジャンルを問わず心地よく音楽を楽しみたいなら、相応に高い性能の機器が必要
カセットテープオーディオで演奏形態や音楽ジャンルを問わず心地よく音楽を聴こうと思うなら、回転ムラ一つとっても、その影響がより少なく抑えられる、往年のカセットデッキのようなHi-Fiオーディオに属する機器が必要になる場合が多いと思います。

現行のラジカセやポータブルカセットプレーヤーのワウ・フラッターは0.25%(WRMS)程度。これは相対的にかなり大きい数値です。

往年のカセットデッキではワウ・フラッターが0.02%を切るような高級機種(例:ナカミチのDRAGONは確か0.019%でした)から、ベーシック機でも0.06%程(1990年代半ばのベーシック機・TEACのR-550など)に収まっていました。文字通り桁が一つ違います。

(上記画像:カセットデッキ TEAC・V-1050。ワウ・フラッター0.045%(WRMS)・3ヘッドのベーシック機。今では中古市場でも希少の様子ですが、演奏形態や音楽ジャンルを問わず、音楽を録音して楽しみたい方にはこのクラスもしくはこれ以上をお勧めしたいです。)

無論、ゼネラルオーディオよりもHi-Fiオーディオ機器の方が一般に高価ですし、取り扱い方法は難しくなります。

また、カセットデッキのようなオーディオコンポは単体では機能せず、音を出すにはプリメインアンプとスピーカー(またはヘッドフォン)が必要ですし、他の音楽ソースを録音して楽しみたいなら各種プレーヤー(CD/アナログレコード/ネットワーク…)やFMチューナーなども欲しくなるでしょう。そうなればさらなるコストも、機器を設置するスペースも必要です。

さらに困ったことに、Hi-Fiクラスの性能を有するカセットデッキは現在生産されておらず、年々良好な製品が減少傾向にある中古品市場の中から探す状況が続いています。
(現在生産されているカセットデッキもありますが、ラジカセ相当の走行系を採用しており、往年のカセットデッキと同じ走行安定性は期待できない状況です。)

そのようなことも踏まえ、新しい製品が出たからといってすぐに飛びつくことは控え、
カセットテープオーディオでどんなジャンルの音楽を楽しみたいか、
今度購入しようと考える製品にはどの程度の性能や音質・機能などを求めているのか、
まず明確にしておくべきです。
そして、購入前に量販店などで現物に触れて、試聴して、予想通りの製品であるか確認しましょう。

過剰な期待を抱いて衝動買いをし、結果、予想と実際の製品とのギャップから貴重な時間や費用を無駄にしないためにも、上記のように前提を置いて考え、行動することは大切であると思います。

〇まとめ
カセットテープオーディオでどんな音楽を楽しむか、という問いを起点に、
いわゆるゼネラルオーディオとHi-Fiオーディオの違いの一端=回転ムラの程度や、
演奏形態や音楽のジャンルによって、必要となる機器の性能は異なる、とか、
そのため、どこまで手間やコストなどをかけるか、予め考える必要がある、などと硬いお話になってしまいました。

ですが、聞こえの良いセールスコピーやネット上の雰囲気などに踊らされず、
現在よさそうに見えている新製品や機器が、皆様にとって本当に満足できるものか、情報を集め、そしてなるべくお店などで現物に触れて実際に音を聴いてみて、十分納得してから購入することをお勧めいたします。

そして、私達年配の人間だけでなく、若い世代の方を中心に、あらゆるジャンルの音楽を忠実に、心地よく聴くことができる高品質なカセットテープオーディオ製品を求める声がさらに高まり続ければ、
現在は途絶している高精度なモーターや録再ヘッド、電子部品といったサプライチェーンも再構築され、HI-Fiオーディオとして復活する日がやってくる、そう思っております。

(ネットショップ向実庵・店主)