2020/10/21 11:16

〇序・向実庵が「Margate Acid」に出会った経緯
当店が「カセットストアデイ」の公式ショップにエントリーした後の10月初旬、カセットストアデイ・ジャパン事務局様より10月17日リリースとなるミュージックテープの一覧をご提供いただきました。

公式ショップにエントリーできる業種はブティックやカフェなども含まれていて幅広く、ミュージックテープの販売が必須というわけではありません。しかし、ブランクとはいえカセットテープを販売している当店が「公式ショップ」を名乗るからには最低1タイトルは最新の音楽を取り扱ってみよう、そう考えました。

しかしその一欄表を見たところで、慣れ親しんだアーティスト名は全くありません。かくなる上は1分でも30秒でもいいからとにかく実際に曲を聴いて参考にしようと、ネット上から該当アーティストのHPや所属レーベル等の情報に一つずつ当たってみました。
その結果、該当アーティストの約半分の、プロモーション映像や音源を試聴できました。
しかし、近年ミュージックテープでの音楽発信に熱心なアーティストの多くは10代~20代くらいの若いリスナーを対象としているためか、正直ピンとくるものは少なかったです。

唯一、「これはよくできている」と直感したのが、ご紹介しているYuri Suzuki「Margate Acid」でした。

当時、筆者には未知のアーティストだったYuri Suzuki氏。所属レーベルからのリリースを参考に、筆者なりに調査も加えてまとめてみました。

〇Yuri Suzuki氏・略歴と主な実績など
Yuri Suzuki(ユウリ・スズキ)氏は、ロンドンのマーゲート(Margate)在住。精巧につくられた作品を通じて音の可能性を探求するサウンド・アーティストです。

(画像出典: http://www.shift.jp.org/ja/archives/2016/02/yuri-suzuki.html )

1980年東京生まれ。父親がレコードコレクターで壁一面の棚にぎっしり詰まったレコードがある家で育ちました。自然と音楽が好きになり、幼少期にはMTVの収録されたベータテープを毎日擦切れるほど見ていました。しかし意外にも、自分に音楽の才能はないと感じていたそうで、最初、工業デザイナーへの道を志しました。
一度、明和電機(注:ここでは技術系企業と捉えますが、アートユニットを名乗る明和電機の活動はパフォーマンス・コンサート・TV出演等と幅広く、定義が難しいです)に参加した後、2005年より英国に渡り、ロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アートで学びます。それ以来、音と人間の関係、音楽がいかに私達に影響を与えるかを問う作品をつくり続けています。

Suzuki氏の活動領域は幅広く、音と音楽を軸にデザインやアート、エレクトロニクスの分野で世界的な活動を展開しています。
Suzuki氏の足跡の主な内容をたどってみますと、

・2014年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクション(永久収蔵品)に作品が選出される
「建築&デザイン部門」のパーマネントコレクションに、「OTOTO」(音楽に特化した開発プラットホーム。一種のシンセサイザー)、「カラー・チェイサー」(共感覚をテーマにした音楽トイ)という2作品が選出されました。これがSuzuki氏の知名度を大きく高めました。

・2016年、スワロフスキー・デザイナーズ・オブ・ザ・フューチャー・アワード受賞
スワロフスキーは世界的なクリスタルのプレミアムブランド。この賞は、技術的そして観念的に、前衛的で革新的な様々なデザインアプローチを持つ若手デザイナーとその活動に贈られます。日本人の受賞はSuzuki氏が初めてでした。

・2017年、ミラノ・サローネにおける自動車メーカー・アウディのインスタレーションを担当
ミラノ・サローネは世界最大規模の家具・デザイン見本市。新型コロナ禍のため2020年は開催されませんでしたが、例年4月に開催されます。インスタレーション(・アート)は、室内や屋外などにオブジェや装置を設置し、作家の意向に沿って空間を構成し変化・異化させ、空間全体を作品として体験させる芸術のこと。2017年、Suzuki氏はアウディのリクエストに応えて、ミラノの修道院を舞台に、AIを活用する「ソニック・ペンデュラム」を中心としたサウンドスケープを展開しました。

(画像出典: http://boundbaw.com/world-topics/articles/32  )

・2019年、学研とのコラボレーションによるレコードカッティングマシン「トイ・レコードメーカー」の発表
これは学研から発売されている「大人の科学シリーズ」の一つで、1万円前後の価格で、レコードの“カッティング機能”を体験できる組立キットです。2020年3月に国内で発売されました。

(画像出典: https://gakken-mall.jp/ec/plus/sp/slist/otonakagakulp202001 )

スマホに録音した音や音楽を、自分でアナログレコードにカッティングできて、その場で再生もできるキットが、オーディオ関連サイトで話題になっていたのは記憶に新しいです。ですが、この「トイ・レコードメーカー」と「Margate Acid」が同じ人物の作品とは、なかなか結びつきにくい感覚です。それだけに、これはSuzuki氏の活動が大変に幅広いことを表していると思います。

以上、Yuri Suzuki氏の主な活動の実績を、筆者の不勉強をやや恥ずかしく思いつつまとめてみました。

〇アルバム「Margate Acid」について補足説明
このアルバムについても、所属レーベルのリリースを参考に、筆者の感想なども交えて書いてみます。

今年「晴天の霹靂の如く」引き起こされた新型コロナウイルスのパンデミックのため、ロンドンも都市封鎖に見舞われますが、そのさなかにSuzuki氏は「静かに心模様を描いていた。」そして出来上がったのがこのアルバムです。

10/15のブログ商品紹介ページの文章およびアルバムのプロモーション映像(音源)をご参照いただければお分かりと思いますが、ヴォーカル中心のポピュラー曲や歌謡曲などとは異なるスタイルの音楽で、リスナーの方によっては、やや難解と思われるかもしれません。

どの曲もメロディよりもサウンド指向といえましょうか、デジタル的な正確なビートの土台に色彩的なリズム音形が加わり、その上に短いフレーズや動機、進行につれて変化する色彩的なハーモニーなどを組み合わせて構成するダンスミュージックの形式を持っています。

ですが、いずれの曲も「クラブ(筆者は’ディスコ’がピンときます)で踊るための音楽」にとどまらず、一見無機的な音やフレーズの連なりの中に、緻密な設計、音色やダイナミクスやフレーズへの繊細な心配りなどを感じることができ、聴き進めるうちに深い音楽性を備えた作品であることが伝わってきます。

中には、このタイプの音楽が体質的に不得意な方もいらっしゃるかもしれませんが、そうでない方は、最初ピンと来なくても、ある程度の回数を聴けば、このアルバムの良さは理解できるようになるのでは、と思います。

あと、そうでした。音楽は理屈をどうこうと論ずるより、感じて楽しむものですね。そして、
このアルバムは例えば掃除とか、何かの作業をする時にかけると、無意識のうちにビートに乗って身体が自然に動いて作業がはかどる、そんなノリの良さと親しみやすさを持っているアルバムであると思います。

※YURI SUZUKI「MARGATE ACID」(ミュージックテープ)は、おかげさまで完売いたしました。